退去後に届いた請求書を見て、「思っていたより高い」と感じた経験はないでしょうか。数万円で収まると思っていたところに十数万円の見積もりが届けば、驚くのも無理はありません。
ただし、金額が大きいことと、その請求が不当であることはイコールではありません。相応の理由があって高くなっている場合もあれば、本来は借主が負担しなくてよい項目が混ざっている場合もあります。この記事では、請求額が膨らみやすい理由を整理したうえで、支払う前の段階で何ができるのかを順を追って見ていきます。
「高すぎる」と感じたら、まず切り分けたいこと

請求額に納得できないとき、最初にすべきなのは金額そのものを見比べることではありません。その請求が「自分に心当たりのある損傷」によるものか、それとも「身に覚えのない項目」によるものかを切り分けることです。両者では、その後の進め方がまったく変わってきます。
たとえば室内で喫煙していた、ペットを飼っていた、水漏れに気づかず放置していたといった事情があれば、工事の範囲が広がって金額が大きくなるのは自然なことです。この場合、請求額が目安を上回っていても、ある程度は説明のつく範囲といえます。
心当たりがあるかどうかを判断する材料としては、次のような点が挙げられます。入居中の過ごし方を思い返しながら確認してみてください。
- 室内での喫煙
においや汚れが部屋全体に及び、広い範囲の工事につながりやすい - ペットの飼育
ひっかき傷やにおいが複数の部位に及ぶことがある - 結露やカビの放置
気づいた時点で手を打っていれば軽く済んだものが広がる - 水漏れの見過ごし
床下や階下にまで被害が及ぶことがある - 入居期間の短さ
部材の価値が残っているぶん、同じ傷でも負担割合が大きくなる
一方で、心当たりがないのに高額になっている場合は事情が異なります。工事の範囲が必要以上に広かったり、本来は貸主が負担するとされる項目が含まれていたりすることがあるためです。この記事で主に扱うのは後者にあたります。まずは請求書を見ながら、項目ごとに「これは自分のせいか」を仕分けるところから始めてみてください。
原状回復の基本的な考え方や、貸主・借主の負担範囲を整理したい方は、「原状回復とは?意味・仕組み・基本の流れをまるごと整理」もあわせてご覧ください。
借主に非がないのに高額になりやすいパターン

身に覚えのない請求が生じる背景には、いくつか典型的な形があります。次のようなパターンは、金額が膨らむ原因として指摘されることの多いものです。
| パターン | どういうことか | 確認したい点 |
|---|---|---|
| 全面張り替え | 一部の傷や汚れなのに、部屋全体のクロスや床材が対象になっている | 傷んだ範囲と工事の範囲が見合っているか |
| グレードアップ | 入居時より質の高い設備や建材に交換されている | 元の状態に戻す範囲を超えていないか |
| 「一式」表記 | 内訳が示されず、まとめて計上されている | 単価と数量に分けた説明を求められるか |
| 経過年数の未反映 | 住んだ年数にかかわらず、新品同様の費用が請求されている | 耐用年数に応じた負担割合が考慮されているか |
| 通常損耗の混入 | 日焼けによる変色など、貸主負担とされる項目が含まれている | 費用負担の区分に沿っているか |
このうち、金額への影響がとくに大きいのが全面張り替えと経過年数の未反映です。クロスは面積が広い分、部分補修と全面張り替えでは金額が何倍も変わります。また、国土交通省が示している考え方では、建物や設備の価値は時間とともに下がっていくものとされており、住んだ年数に応じて借主の負担割合も小さくなるのが基本です。この点が反映されていないと、実際の負担より重い請求になることがあります。
ただし、これらに当てはまるからといって、ただちに支払い不要になるわけではありません。契約内容や部屋の状態によっては、広い範囲の工事に合理的な理由がある場合もあります。大切なのは金額の大小ではなく、その項目に根拠が示されているかどうかです。
本来は貸主が負担するとされる費用

請求内容を見るうえで前提となるのが、費用負担の基本的な区分です。2020年に改正された民法では、賃借人が原状回復の義務を負うのは「賃借物を受け取った後に生じた損傷」であり、通常の使用によって生じた損耗と経年変化は、その対象から除かれると定められています。
つまり、普通に暮らしていれば当然生じる劣化については、借主が負担する前提にはなっていないということです。具体的には、次のようなものが該当すると考えられています。
- 日焼けによる変色
日当たりによる床やクロスの色あせ - 家具の設置跡
冷蔵庫や本棚を置いていた床のへこみ - 設備の自然な劣化
時間の経過にともなう給湯器やエアコンの傷み - 画びょうの穴
程度によるものの、下地に達しない程度のもの
反対に、次のようなものは借主の負担とされることが多い項目です。同じ傷や汚れでも、通常の使用を超えているかどうかで扱いが変わります。
- 手入れ不足による汚れ
清掃を怠ったことで生じた台所の油汚れやカビ - 不注意による破損
家具の移動でつけた床の深い傷やへこみ - 下地に達する穴
重量物を固定するために開けたネジ穴など - 結露の放置による腐食
気づいていながら手を打たなかった場合
これらが請求項目に含まれている場合、その根拠を確認してみる価値があります。もっとも、実際の線引きは部屋の状態や使い方によって判断が分かれることもあり、一律に決まるものではありません。
特約があれば何でも認められるのか

請求の根拠として「契約書の特約に書いてある」と説明されることがあります。民法の原状回復に関する規定は当事者の合意で変更できる任意規定とされているため、契約によって通常損耗まで借主の負担とする取り決めを置くこと自体は可能です。
ただし、特約があれば、その内容がそのまま認められるとは限りません。一般に、特約が有効とされるためには次のような点が求められると考えられています。
- 合理的な理由
特約を設ける必要性があり、借主に一方的に不利な内容でないこと - 内容の認識
通常の義務を超える負担を負うことを、借主がはっきり理解していること - 借主の合意
その負担を引き受ける意思を示していること
契約書の末尾に小さく記載されていただけ、説明を受けた記憶がない、といった状態では、これらを満たしていないと判断される余地があります。
また、居住用の賃貸借では消費者契約法による保護もあります。同法には、消費者の権利を制限し義務を加重する条項であって、消費者の利益を一方的に害するものは無効とする規定が置かれています。実際に、通常損耗まで借主負担とする特約が認められなかった例もあり、居住用では特約の有効性が慎重に判断される傾向があると考えられます。
支払う前にできること|順番と期限を意識する

納得できない項目が見つかったら、支払う前の段階で動くことが大切です。何も言わずに支払うと、請求内容に同意したものと受け取られることがあるためです。次の順番で進めると、話し合いを前に進めやすくなります。
- 根拠をたずねる
請求書の項目ごとに説明を求めます。記録が残る書面やメールが望ましいでしょう - 手元の記録と照合
契約書の特約、入居時の写真、立会い時のメモと突き合わせます - 疑問を書面で伝える
納得できない点を項目ごとに整理し、理由を添えて伝えます - 第三者に相談する
当事者だけで折り合わないときは、公的な窓口に事情を伝えます
あわせて意識しておきたいのが支払期限です。疑問を伝えるのは支払う前がよい一方で、保留したままにすることにもリスクがあります。期限を過ぎれば遅延損害金が生じることがあり、家賃保証会社や連帯保証人へ連絡が行くこともあるためです。どちらにも事情があるので、判断に迷うときは支払期限が来る前に相談窓口へ確認しておくと安心でしょう。
相談できる窓口には、次のようなものがあります。受け付けている相談の範囲や方法は窓口ごとに異なるため、事前に確認してから連絡すると確実です。
- 消費生活センター
各自治体が設ける窓口で、実質的な入口にあたります。消費者ホットライン「188」から最寄りの窓口を案内してもらえます - 国民生活センター
全国の相談情報を集約する独立行政法人。平日の一次窓口は各自治体のセンターで、こちらは休日のホットラインなどが中心です - 日本賃貸住宅管理協会
管理会社などが加盟する団体。受付は書面のみで、回答まで時間がかかる場合があります
話し合いがまとまらないときの進め方

説明を求めても折り合わない場合、次の段階として考えられる方法がいくつかあります。いずれも手間と時間がかかるため、金額や状況と見比べて選ぶことになります。
- 内容証明郵便
伝えた内容と日付を記録として残す方法。文面は慎重に整える必要があります - 民事調停
簡易裁判所で調停委員を交えて話し合う手続き。訴訟より手続きが簡単とされています - 少額訴訟
原則1日で審理が終わる手続き。請求額が60万円以下の場合に限られ、同じ簡易裁判所で年10回までという制限もあります - 専門家への相談
弁護士や司法書士に相談する方法。費用と請求額のバランスを見て判断します
ここで注意したいのは、費用対効果です。数万円の争いのために時間と労力を大きく費やすと、結果的に負担のほうが上回ることもあります。まずは相談窓口で自分のケースの見通しを聞き、そのうえで進むかどうかを決めるのが現実的でしょう。
なお、こうした段階に進まずに済むよう、入居中からできることもあります。入居した直後に部屋の状態を写真で記録しておく、気になる傷や不具合を見つけたら早めに管理会社へ連絡しておく、といった積み重ねです。退去時に「入居前からあった傷かどうか」で見解が分かれる場面は少なくありません。日付の残る写真があるだけで、話し合いの前提がはっきりします。次の住まいでも同じことが起こり得ると考えれば、入居のタイミングで数分かけておく価値は十分にあるでしょう。
まとめ
原状回復費用が高いと感じたとき、最初にすべきなのは金額を他と見比べることではなく、請求の中身を項目ごとに仕分けることです。自分に心当たりのある損傷であれば、工事の範囲が広がって金額が大きくなるのは自然なことといえます。一方で、必要以上に広い範囲の工事や、通常損耗にあたる項目、経過年数が反映されていない計算が含まれている場合は、その根拠を確認してみる価値があります。
特約が根拠として示されたときも、記載があればそのまま認められるとは限りません。内容によっては効力が慎重に判断されることもあるため、契約書の文言とあわせて確認しておきたいところです。そして何より、疑問は支払う前の段階で伝えておくことが、その後の話し合いを進めやすくします。支払期限を確かめたうえで、早めに相談窓口へ問い合わせてみてください。
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