賃貸住宅の退去が近づくと、多くの方が気になるのが「原状回復にいくらかかるのか」という点ではないでしょうか。立会いのあとに届いた請求書に十万円を超える金額が並んでいて、それが妥当なのか判断できずに戸惑ってしまう。そんな話は決して珍しくありません。原状回復の費用は部屋の広さや傷み具合で大きく変わるため一つの正解はありませんが、おおよその目安を知っておくだけでも、提示された金額に落ち着いて向き合えるようになります。
この記事では、部位ごとの費用の目安から、広さ・間取り別の総額、費用の内訳、金額が高くなりやすい原因、請求額が相場から外れていないかを見る視点まで、順に整理して解説します。
原状回復の費用相場を見るときに押さえたい前提

部位ごとの金額を見る前に、押さえておきたい前提があります。原状回復で請求されるのは、部屋を丸ごと新品にする費用ではなく、借主の責任にあたる部分を回復する費用です。普通に生活していて生じる通常損耗や経年変化は、国土交通省のガイドラインでも民法621条でも、原則として貸主の負担と整理されています。まずは「この工事は自分の負担にあたるのか」から確認することになります。
そのうえで注意したいのが、金額そのものの見方です。原状回復の工事には、全国一律の公定価格も、誰もが参照できる統一的な相場表もありません。国土交通省がガイドラインの参考資料として実態調査を公表していたり、東京都が独自の指針を出していたりはしますが、「この工事なら必ずいくら」という価格表が定められているわけではありません。単価は業者や地域、建物の状態、材料のグレードで幅が出ます。この記事の金額も、複数の施工業者や不動産関連の事業者が公開する目安を突き合わせた参考のレンジにすぎません。
だからこそ、金額は一点の数字ではなく幅で捉えるのが現実的です。提示された額が目安の幅に収まっているのか、大きく外れているのか。その位置関係をつかむことが、相場を知る目的だと考えてください。もうひとつ、借主の負担とされた工事でも、その金額がそのまま全額請求されるとは限りません。クロスや設備には耐用年数が設定されており、住んだ年数が長くなるほど残る価値は減り、借主が負担する割合も小さくなっていくとされています。
【部位別】原状回復費用の目安

原状回復の請求でもっとも登場する機会が多いのが、壁のクロスと床材です。どちらも面積で金額が決まる工事のため、傷んだ範囲の広さで総額は大きく変わります。まずは代表的な部位の目安を整理してみましょう。
| 部位・工事の内容 | 費用の目安 |
|---|---|
| クロス(壁紙)の張り替え | 量産グレードで1㎡あたり1,000〜1,500円程度。6畳の壁のみなら3万〜4万5,000円程度、天井まで含めると4万〜6万円程度とされます |
| クロスの部分補修 | 5,000〜2万円程度。小さな穴やはがれを直す場合の目安です |
| クッションフロアの張り替え | 1㎡あたり2,500〜4,500円程度。6畳で3万〜5万円程度が目安です |
| フローリングの傷補修 | 1か所あたり1万〜3万円程度。6畳分を張り替える場合は10万〜20万円程度に広がります |
| 畳の表替え | 1枚あたり5,000〜1万5,000円程度とされます |
| カーペットの張り替え | 1㎡あたり3,000〜5,000円程度。6畳(約10㎡)で3万〜5万円程度が目安です |
特に金額が動きやすいのがクロスです。「1㎡あたりいくら」で計算されることが多く、傷が一か所でも色合わせの都合で壁一面分が対象になることがあります。ただし、一か所の傷で部屋全体のクロス代まで借主が負うという整理には、ガイドライン上はなっていません。床材も、部分補修で足りるのか全面の張り替えになるのかで金額は数倍変わるため、工事の範囲が妥当かは確認しておきたいところです。
また、和室のある物件や設備を壊してしまった場合は、建具や水回りの費用が加わることもあります。こちらは面積ではなく、1枚・1か所あたりの単価で計算されるものが中心です。
| 部位・工事の内容 | 費用の目安 |
|---|---|
| ふすまの張り替え | 1面あたり3,000〜1万円程度。新調する場合は1万5,000円前後になることもあります |
| 障子の張り替え | 1枚あたり2,000〜6,000円程度が目安です |
| 網戸の張り替え | 1枚あたり3,000〜5,000円程度とされます |
| 室内ドアの交換 | 5万〜15万円程度。建て付けの調整だけで済めば5,000〜1万5,000円程度のこともあります |
| 水栓(蛇口)の交換 | 本体と工事費を合わせて1万5,000〜5万円程度が目安です |
| 温水洗浄便座の交換 | 3万5,000〜10万円程度が目安です |
| 鍵(シリンダー)の交換 | 1万5,000〜2万5,000円程度とされます |
このうち鍵の交換は、紛失や破損がなく次の入居者のために行うものであれば、物件管理上の費用として貸主が負担するのが妥当とガイドラインでは整理されています。一方で、借主が鍵を紛失・破損させた場合は、シリンダーの交換費用も含めて借主の負担とされるのが一般的です。
契約の特約で借主負担と定められているケースもあるため、請求されたときは契約書の記載とあわせて確認してみてください。設備の交換費用は大きくなりがちですが、こちらも住んだ年数に応じて請求額が抑えられることがあります。
なお、ここで示した金額は、複数の施工業者や不動産関連の事業者が公開している目安を突き合わせて整理した参考値です。実際の金額は、依頼する業者や地域、使用する材料のグレード、傷みの範囲によって変わります。また業者の料金表では、工事代金とは別に諸経費が10%程度計上されることが一般的です。請求額が妥当かどうかを考えるときの物差しとして活用してください。
ハウスクリーニング費用の目安と扱われ方

ハウスクリーニングの費用は、近年の原油価格上昇に伴うガソリン代や洗剤・消耗品の価格高騰、人件費の上昇、物価上昇(インフレ)などの影響を受け、以前より高くなる傾向があります。また、戸建てかマンションか、部屋数や広さ、汚れの程度、オプション作業の有無によっても料金は大きく変動します。掲載している価格は一般的な相場となるため、実際の費用は現地調査や見積もりをご確認ください。
原状回復の請求のなかで、ほぼすべての退去者に関わるのがハウスクリーニングです。室内の清掃を専門の業者が行うもので、目立つ傷や汚れがない部屋でも、この費用だけは請求されるケースが多くみられます。金額は部屋の広さで決まるのが一般的です。
| 間取りの目安 | クリーニング費用の目安 |
|---|---|
| ワンルーム・1K | 1万5,000〜3万円程度 |
| 1DK・1LDK | 3万〜4万5,000円程度 |
| 2DK・2LDK | 4万〜7万円程度 |
| 3DK・3LDK以上 | 6万〜10万円程度 |
この費用は、借主が通常の清掃を行ったうえで退去した場合なら、原則として貸主の負担と考えられています。ゴミの撤去や掃き掃除・拭き掃除、水回りやコンロまわりの清掃といった日常的な手入れを済ませていれば、それを超える専門的な清掃分は通常損耗にあたり、費用は賃料に含まれているという考え方です。裏を返せば無条件ではなく、日常的な清掃を怠ったまま引き渡した場合は、借主の負担と判断されることもあります。
加えて実務では、契約時の特約によってクリーニング代を借主負担と定めているケースが非常に多いのが実情です。特約が有効とされるには、金額や範囲が契約書にはっきり示され、借主が内容を理解して合意していることが求められると考えられています。
- 金額の明示
「クリーニング費用として○万円」といった具体的な金額や算定方法が契約書に書かれているかを確認しましょう。 - 二重計上の有無
クリーニング代とは別に、同じ箇所の清掃費が重ねて計上されていないかもチェックしたいところです。
【広さ・間取り別】原状回復費用の総額の目安

部位ごとの単価がわかったところで、次は総額のイメージをつかみましょう。ここで示すのは、喫煙やペットによる大きな損傷がなく、通常の使い方をしていた場合の目安です。先ほどのハウスクリーニング代に、軽微な補修費を足したおおよその金額にあたります。区分はクリーニングの表とそろえてあります。
| 間取りの目安 | 専有面積の目安 | 総額の目安 |
|---|---|---|
| ワンルーム・1K | 〜25㎡程度 | 2万〜4万円程度 |
| 1DK・1LDK | 26〜40㎡程度 | 3万5,000〜6万円程度 |
| 2DK・2LDK | 41〜60㎡程度 | 5万〜9万円程度 |
| 3DK・3LDK以上 | 61㎡程度〜 | 7万〜13万円程度 |
敷金を預けている契約なら、この範囲に収まっている限り敷金の中で精算が済むこともあります。ただし敷金がいくらか、そもそも敷金なしの契約か、敷引きの特約が付いていないかによって、お金が戻るのか追加で支払うのかという結論は変わります。総額の目安は、工事費そのものを測る物差しと考えてください。目安を大きく超える請求が届いた場合は、その理由を確認する価値があります。
喫煙やペットの飼育など思い当たる事情があれば金額が上がるのは自然ですが、心当たりがないのに目安の数倍になっているときは、内訳を見せてもらうところから始めましょう。
原状回復費用はどんな内訳でできているのか

請求書の合計金額だけを眺めていても、それが高いのか安いのかは判断がつきません。費用がどんな要素の積み上げでできているかを知っておくと、金額の中身を追いやすくなります。おおまかには次の4つで構成されています。
- 材料費
クロスや床材そのものの代金です。同じ工事でも材料のグレードによって単価は変わります。 - 施工費
職人が作業する手間賃です。面積が小さくても一定の人件費はかかるため、小規模な工事ほど割高に見えることがあります。 - 付帯費用
古い材料をはがす手間や廃材の処分費、養生費など、工事に付随して発生する費用です。 - 諸経費
現場の管理費や運搬費などです。定額ではなく工事費全体の10%程度を目安に計算されることが多く、工事の規模が大きくなれば金額も上がります。
つまり原状回復の費用は「単価×数量+付帯費用+諸経費」で積み上げられ、そこに耐用年数に応じた借主の負担割合をかけて最終的な請求額が決まります。
原状回復費用が高くなりやすい原因

同じ間取りの部屋でも、退去費用が数万円で収まる方と、十数万円を超えてしまう方がいます。その差を生みやすいのが次のような事情です。心当たりがあれば、請求額が目安を上回っていても、ある程度は説明のつく範囲だといえます。
- 室内での喫煙
ヤニの汚れやにおいは部屋全体に及ぶため、クロスの全面張り替えにつながりやすく、金額がもっとも大きく動く要因のひとつとされています。 - ペットの飼育
柱や建具のひっかき傷、床のしみ、においが重なると、複数の部位で工事が必要になり総額が膨らみます。 - 結露やカビの放置
気づいた時点で手を打っていれば軽く済んだものが、下地まで傷むと補修の範囲が一気に広がります。 - 水漏れの見過ごし
洗濯機や水回りからの漏水をそのままにすると、床下や階下にまで被害が及ぶことがあります。 - 入居期間が短い
住んだ年数が短いほど部材の価値が残っているため、同じ傷でも借主の負担割合は大きくなります。
逆にいえば、日ごろの換気や掃除、異変に早めに気づいて管理会社へ連絡することが、そのまま退去費用を抑えることにつながります。とくに喫煙とペットは契約上も別の扱いになっていることが多いため、入居中のうちに契約条件を確認しておくと安心です。
請求額が相場から外れていないかを見る目安

金額の物差しを手に入れたら、最後は手元の請求書に当てはめてみましょう。次の順番で眺めてみると、確認しておくべき点が見えてきます。
- 総額の位置
自分の間取りの総額目安と比べて、何倍くらいになっているのかをまず確認します。 - 単価の水準
クロスや床材の単価が、一般に示されている範囲から大きく外れていないかを見ます。 - 工事の範囲
傷んだ箇所だけでなく、必要以上に広い面積が対象になっていないかを確かめます。 - 経過年数の反映
住んだ年数に応じた負担割合が考慮されているかを確認します。 - 通常損耗の混入
日焼けによる変色や家具のへこみなど、本来は貸主の負担とされる項目が紛れ込んでいないかを見ます。
ここで大切なのは、金額の大小だけで判断しないことです。相場より高く見えても、根拠が示されていれば妥当な請求である場合もあります。反対に、総額が目安の範囲に収まっていても、本来は貸主が負担すべき項目が含まれていることもあります。
疑問があるときは感情的に反発するのではなく、「この項目の根拠を教えてください」と落ち着いて質問するのが、話し合いを前へ進める近道です。
まとめ
ここまで、原状回復にかかる費用の目安を部位別・広さ別に見ながら、内訳の構成や金額が高くなる原因、請求額の妥当性を見る視点までを整理してきました。あらためて振り返ると、クロスは1㎡あたり1,000〜1,500円程度、クッションフロアは1㎡あたり2,500〜4,500円程度、畳の表替えは1枚あたり5,000〜1万5,000円程度が一般的な目安とされています。ハウスクリーニングを含めた総額では、ワンルーム・1Kで2万〜4万円程度、2DK・2LDKで5万〜9万円程度が一つの目安です。
ただしこれらは統一された相場表ではなく参考の幅にすぎず、実際の金額は物件や業者、傷み具合で変わります。金額の物差しを持つ意味は、請求書を前にしたときに「これは確認すべきかどうか」を自分で判断できるようになることにあります。目安の幅に収まっていれば安心して精算に進み、大きく外れているなら落ち着いて説明を求める。その切り分けができるだけで、退去時の不安はぐっと軽くなります。
納得できない点が残るときは、契約書やガイドラインの考え方を確認しつつ、必要に応じて専門の原状回復業者や相談窓口の力も借りて進めていきましょう。